2023年2月21日火曜日

文保寺 六代目中井権次橘正貞です 兵庫県丹波篠山市味間南1093

中井権次の足跡を巡っています
2015年3月5日に、この文保寺の彫刻を拝見し、感動してから中井権次の足跡巡りが始まりました
そして、2023年、再度、中井権次の足跡を巡ってみようと、スタートである文保寺にやってきました


小雪舞う天気でしたが、最高でした
あの時の感動が蘇ってきました

松尾山文保寺略縁起
大化年間、印度より法道仙人来朝し、聖備山長流寺として七堂伽藍を造営、聖観音を本尊とされたが、承平・天慶の乱の頃荒廃す。正和年間、御本尊に慈覚大師作の千手観音を安置再興し「松尾山文保寺」の勅額を賜う。戦国時代末再び荒廃し、江戸時代に再興された。全盛期は二十一ヶ坊を数えたが、明治以降、三ヶ院となり、現在に至る


本堂、中央の戸

上の戸を2枚毎、パチリです



本堂、左の戸

上の戸を2枚毎、パチリです




右の戸です

上の戸を2枚毎、パチリです



木鼻、持送り

向拝下

桁隠し

手挟み

木鼻

もちろん、忘れてはいません
龍の背面に刻銘があります
「彫刻師 當国柏原町住人 中井権次橘正貞彫刻」

よき姿です
土足厳禁です
雪か雨か?
上がり口の階段が濡れていて、靴下がべちゃべちゃになりましたが、高欄周り縁を一周いたしました、初めてのことでした


と、いうことで、篠山市《名称変更「→丹波篠山市」》の文保寺、正貞の作を堪能いたしました
この文保寺は、これからも季節を変え、訪れたいと思います









2022年8月7日日曜日

小野天満宮・・ 兵庫県丹波市氷上町小野564

中井権次一統の足跡を巡っています
兵庫県丹波市氷上町小野564  小野天満宮です

近くを通るとき、参拝していますが、2021年はスズメバチで本殿へ近づけず・・・
で、2022年は早めに、そして、PentaxK200D+300mm望遠で、撮影します
いわゆる、撮り直しです

社頭

舞台(割拝殿)から、拝殿を眺める

扇の拝み石

拝殿 
・彫刻墨書に大正十四年とあるらしいので、九代権次橘貞胤(喜一郎)か?

では、本殿を左から周っていきます


左より向拝を・・・木鼻・持送り
庇の上部が見えないのが、残念です

PentaxK200D+300mmで・・

一間社流造 軒唐破風付 銅坂葺き 19世紀中期


左側面

左妻飾り

手挟み


背面


右、妻飾り
左右妻の大虹梁には、絵模様すらないのは、異例で意図が理解できないと・・・



 左脇障子 陰刻
 彫物師 柏原町住人 中井権次橘正貞 久須真助正実 中井清次良正用



      左脇障子

右から庇下を・・・木鼻・持送り

PentaxK200D+300mmで・・

       享保七(1722)と刻まれている

何度訪れても、見応えのある中井権次一統の高度、高密な彫刻群です
また、細部を撮影にきましょう



追記:文中、一部、丹波市歴史建造物より引用











2022年4月29日金曜日

厳島神社・・兵庫県丹波市市島町上牧1065 ‥陰刻撮影できました

中井権次一統の足跡を巡っています

ここ、厳島神社は二度目です
前回は、2017年 石碑の由緒に刻まれている文字より、彫刻師は、中井権次橘正貞と分かりました
そして、撮影時、龍の背面の文字は辛うじて確認できましたが、判読不可でした

後日、向拝、左庇中備の獅子の背面に、中井権次橘正貞の名が陰刻されていると知り・・・
と、なれば再訪し、確認、写真に残さなければ・・・と!

2022年4月、やってきました
季節柄、八重桜が満開で、そして木々は、新緑へと山の色を変えていっています・・・
実に美しい光景です

市島町東寄りにある上牧は、北の牧村と南の上村とからなり、当社厳島神社は上村二十二戸の鎮守社である

        社頭・・・イチョウの葉も美しい

懐かしいですね

主祭神 :市杵嶋比売命

本殿は、中規模の三間社流造である。ただし珍しく 身舎梁間は一間しかない。
身舎正面は三間とも菱格子の引違戸で、側面、背面は板壁である。

        久しぶりの中井権次一統の世界です

これ・・・!
左、庇中備の獅子の背面
「當社 彫物師 柏原町十人 中井權次橘 正貞」
今回は、Pentax K200Dに望遠100-300mm着けて、フラッシュ炊いてパチリです
そうしないと、写りません



兎の毛通し 亀ですね

迫力満点

左庇中備

右庇中備

       左、脇障子・・・鯉に乗る琴高仙人

        右、脇障子・・・雲上で広がる巻物に乗る仙人

        「逆蓮」で、いいのかなぁ?
       

        手挟み・・・丸彫の鶴

       龍の背面、文字、見えるが、判読できない・・・
       ・・・「南村 永井平左衛門」と、陰刻されているらしい・・・
保存されている木札に「御拝左龍代銀八拾目 永井平左衛門」とあり、永井平左衛門は龍の彫刻を寄進した施主と考えられる・・・と!

建設年代については、寛永六年(1629)の棟札が保存されているが、様式的には19世紀中期のもので、彫物師の中井権次正貞の活動期に該当する。
建物自体としては、特徴のある細部意匠に加えて、彫物が上質であり、江戸末期の特質をよく表した質の高い本殿である・・・丹波市歴史的建造物資料より



       元文元年(1736)

厳島神社由緒
2017年の時は、なんとか文字読めたのだが、5年の時が経てば、苔などで、判読が難しいですね


今回、無事、陰刻を確認できました
よかったです


追記:文中文言の一部は、丹波市歴史的建造物資料より引用いたしました