2023年3月31日金曜日

柏原八幡宮 三重塔・・・兵庫県丹波市柏原町柏原3625

柏原八幡宮御鎮座壱千年記念事業で、本殿が大修造されています

今回は、講演会もあり、三重塔の龍の下絵も説明されました
と、いうことで、NikonZ7+24-70mmと、オリンパスE-M1+40-150mmで、三重塔の撮影です


県指定文化財 八幡神社 三重塔
八幡神社は、 萬寿元年(1024) 石清水八幡宮 の丹波別宮、 柏原八幡宮として創建された神 社である。 三重塔は、文化10年(1813) から同 12年にかけて建立された。
心柱に「従文化癸酉霜月至同十二乙亥正月」 と墨書があり建立の経過は社蔵の日記 (文化 9年より12年) によって詳しくわかる。 
各重柱間を三間とする三重塔で、 初重内部は四天柱を立て全体に格天井を張り、 来迎壁前に
須弥檀を据える。 
心柱は八角で初重丸桁桔木にのせた牛梁の上に立つ。 
江戸時代後期建立の塔婆で神仏混淆当時の名残りを止めた数少ない歴史的建造物である
平成元年10月 兵庫県教育委員会


撮影していきます
今回は、NikonZ7+24-70mmと、オリンパスE-M1+40-150(80-300)mmで挑みます


初層

中井権次の下書き絵が残る、尾垂木の龍






オリンパスE-M1+40-150mm です















初層 南面「鶴」



初層 西面「サギ」


初層 北面「オシドリ」

初層 北面「雁」



三層




礎石

相輪


なんとか、撮影できましたが、力士の一人?が抜けていますね
またまた、本殿、大修造が終われば、撮影にいきましょう








2023年3月8日水曜日

柏原藩陣屋  六代目中井権次橘正貞

兵庫県丹波市柏原町 柏原藩陣屋です

この玄関、唐破風の懸魚、蟇股、桁隠し、虹梁の彫刻が、六代目中井権次の足跡なんです
と、いうことで、再度、再撮影して、記録として残しておきます


六代目中井権次橘正貞作

唐破風の下、懸魚です
雲です


懸魚挙の下絵が確認されているようです
実寸幅 201.4cm



柏原藩陣屋 蟇股 (柏原織田家家紋と波) 《表》

柏原織田家の家紋の周りに波しぶきが上がる様子が彫られている。 波は一見地味なよう
でいて、 絵画でも彫刻でも最も技量が必要とされる意匠である。 これは、 中井権次正貞 の渾身の「波」であると言ってよいであろう。


柏原藩陣屋 蟇股 (柏原織田家家紋と波)《裏》
裏側から見ても表面と全く遜色なく彫られていることがわかる。 彼は幾重にも重なり合い、
重厚である。 なお、この中央に家紋を配し、周囲に波しぶきを表現した蟇股の意匠は、 上田柏山にも引き継がれている


柏原藩陣屋 桁隠し (揚羽蝶紋)

桁の木材の切り口が見えないように飾る彫刻が「桁隠し」である。 『寛政重修諸家譜』 に
記された七種類の織田家の家紋の一つである「揚羽蝶」をあしらっている。
 『覚帳』には「御もん 長」 (御紋蝶) と記している。



上から懸魚(雲)、大瓶束(棟束に富士雲)、蟇股(柏原織田家の家紋と波)
桁虹梁に彫られている渦、岩亀彫、虹梁(渦、若葉)

「岩亀彫」
唐破風懸魚の彫刻下絵の裏の署名から「中井岩吉と久須亀之助が彫った」との意味とある。
中井岩吉は、中井権次正貞の弟、久須亀之助は親戚筋とも、よき協力者との説がある

歴史とはじつに面白いです
これだけの系付図や、覚帳があるようですが、解明は難しいようですね
どんな人間関係か、主従関係か、はたまた、協業者か? 彫刻師一団か?
想像するだけで、楽しいです
研究者の方々の解明への期待が高まります


過日、柏原町の旧中井権次宅跡地、いまも続く久須家を観光ガイドさんに案内いただきました。
これも大変興味深いものでした



追記:記事内文言は、入手した資料から一部引用しております