2015年12月3日木曜日

高峰寺、兵庫県朝来市物部!

兵庫県朝来市物部448・・・高峰寺、中井権次の足跡です!
岩津の三柱神社から距離、僅か・・・県道70号を北上です・・途中の分岐で、旧道へ入ります・・
岩津の三柱神社もそうでしたが、地図でみれば、高峰寺への道もすぐ、わかるのですが・・なにせ、旧道・・・わかりません・・

そこで、やはり、尋ねることに・・

犬の散歩している、おばあさんに・・
・・すみません、高峰寺はどこでしょうか?
・・・そこの後ろの道を上がるのですよ!
・・・バックして・・・と、誘導してくれました・・・
元気よく・・オーライ、オーライと!
・・「ありがとうございました」と、お礼を言い、見た道・・
おおぉ、ここも、狭い、まして、急坂で、
「α君」、車幅、ギリギリ・・!
今の位置からは曲がれませんから、もう少しバックして・・・・

高野山真言宗・・但馬西国第二十参霊場 南面山、高峰寺
苔むした石段を上がります・・
本堂です
向拝です・・・おおぉ、中井権次の足跡です!

迫力満点、持送り、虹梁・・・お見事です
海老虹梁、持送りも・・・
左・・木鼻、持送り・・・
右・・木鼻、持送り・・・

刻銘がありますが、読めません・・なんとか、丹とか、中とか・・見えるのですが!
鐘楼・・ドラム缶がありますね、石油かなぁ?
さぁ、下山します・・あまり、人が歩かないのか、苔だらけ・・

青空が広がってきました・・・
この付近でよく見かけた背の高い花・・・なんでしょうかね!・・・きれいです!

北へ北へと、進んできました・・・このまま走れば、確か、竹田城・・竹田城を眺めて、帰ろうかなぁ・・・(*^_^*)



参拝日:11月26日





三柱神社、兵庫県朝来市岩津!

中井権次一統の足跡を巡っています・・・ここは、兵庫県朝来市岩津37・・ 三柱神社!
中井権次の足跡の資料での住所が、元津、これ間違い、岩津・・なんです!
GoogleMap

ですから、探しましたね・・・
なんとか、この辺かなぁ?と・・
近くまで来て、お爺さんに聞いたところ、・・
なにしに来たのか?と、不審感漂い・・・そこ!・・って言われました
そりゃ、この地の鎮守社でしょうからね・・・
よそ者が、車、乗り付けて、神社の場所聞くなんてそうあるもんではないですからね・・・そこはね・・低姿勢で・・
・・・車、入れますか?・・と、
・・・・・・前が広いから、回れるから・・
・・・・・・まっすぐ、いくといいよ!・・って・・・ホッ!
   

林業が盛んなのでしょう?・・・柵がされ、注意書が・・・「ハンターさん、作業中ですから、ご注意と」・・・あ、恐!
  
山に入る柵の前、麓に鎮座しています・・
  

拝殿、本殿と・・・兵庫県神社庁のデータでは・・・
   主祭人:大歳神、配祀神:御歳神 若歳神                    
   由 緒:創立年月不詳、明治六年(1873年)十月村社に列せらる
  
周りの木々、見事なまでに、皮が剥ぎ取られている・・・檜?・・触ってみましたが、感触いいですね!
又、皮ができ、役に立つまで、・・・がんばってね!


本殿、向拝・・・撮影には、角度があり、難しい・・・
  
本殿、左側より・・手挟み、蟇股・・・なかなかです!
  
本殿、右側より・・・脇障子が透けて見えていますが、いいですね!
一間社流造・・・すっきり、いいお姿です!
  
摂社・・・
  

いつものことですけど、兵庫県の山間地の神社、お寺は、結構、場所、解りづらいです・・・
もちろん、ストリートビューなんて、ありませんから・・・

ええぇ・・この道か?・・って、戸惑うことは、度々・・・です!
軽四の「プレオ君」であれば、平気で入っていくのですが、「α君」には気を遣います・・
なにせ、車幅、ギリギリな道が多いのも事実です・・・
本来が、村の道から、そして、神社、寺へ、入っていく道・・・なんですから・・・

では、次なる、中井権次の足跡、高峰寺へ参ります・・・

続きます・・


参拝日:11月26日







東西寺、兵庫県朝来市生野町!

兵庫県朝来市生野町口銀谷、東西寺・・・中井権次一統の足跡を尋ねます

その前に・・・
今日は、越知ヶ峰名水を汲みに走ってきました・・訪れた回数も、今日で5回目・・・
その越知ヶ峰名水への途中、銀の馬車道街道を走り、新野の水車など、訪れてきました・・・
水汲み終われば、北へ・・中井権次一統の足跡を訪れる予定です・・・

越知ヶ峰名水・・・

その越知ヶ峰名水のを汲む量も前回から100L越え・・
・・23L×2+ペットボトル2L×28本=102Lです・・・

我が家の水の消費もはやく、102Lが40日でなくなりました・・・

越知ヶ峰名水への到着が丁度、お昼・・・

そう、ランチタイムです・・

途中、スーパーに立ち寄り、弁当を購入・・・
今日は、紅葉を眺めながら・・この越知ヶ峰名水でお昼ご飯です
午前中は曇っていましたが、青空が見えてきました・・・


さぁ、「α君」に102Lの名水を積んで向かう先は、今年、4度目となる、生野銀山、口銀谷・・・
実は、この口銀谷町の寺町通りに、中井権次の足跡の東西寺があったのです!
しかし、過去三度とも見逃したので・・・本日、走ってきました・・・

東西寺・・・

宗派は浄土宗知恩院派
境内には徳川家康の尊像と歴代将軍の位牌が安置されています

元和二年(1616年)家康の没後、当時の銀山奉行、山川庄兵衛が現在の学童保育センター付近に御霊屋を建立、家康の尊像を祭祀して御宮と称し東照寺(後の玉翁院)に別当として堂主に当たらせ将軍の位牌を安置しました
これ以降、歴代の奉行、代官は将軍の位牌を安置することがならわしとなり、十四代将軍までの位牌が置かれています
昭和27年(1952年)玉翁院廃寺合併の際、東西寺に移されました・・説明板より引用
本堂・・・
向拝に・・・久しぶりにみる、中井権次一統の足跡・・・です
左、木鼻・・・
右、木鼻・・・

龍の裏・・左に彫物師・・ 右に明治十七年・・と銘が刻まれている・・
写真上の拡大写真・・・
・・・写真左下:彫物師丹波住中井清治良 橘正實とある・・・
・・・写真右下:明治十七年大暁山十六世・・と、読める・・発起人ともあるが・・・



東照宮・・・徳川家康の尊像と歴代将軍の位牌が安置されています
    
堂内をガラス越しに・・・すみません!
              


山門をみあげれば、由緒がありました・・・
東照寺山門・・・創建、元和二年(1616年)、享保六年、玉翁院を改称・・右、移管復元・・と、よめる
なかなか、姿の美しい、山門ですね・・・玉翁院の遺構として、移されたのです!


久しぶりの、中井権次の足跡でした・・・
これで、口銀谷の寺町通りの中井権次一統の足跡は完了です・・・
では、せっかく、口銀谷にきましたから、国登録文化財の建物を拝見しに行きましょう・・・

続きます・・・


参拝日:11月26日