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2021年10月15日金曜日

天満神社・・・兵庫県丹波市山南町谷川111 刻銘、やっと見つけました

中井権次一統の足跡を巡って、再々訪問です
丹波市山南町谷川111、天満神社です

なぜ、再再訪なのか?
中井権次一統の銘が、あるようなのですが、一度目は、ただ闇雲に中井権次一統の足跡を巡っていました、そして、銘の場所は発見できず・・・

後日、再訪・・・又々、見つけることができず・・・

そして、諦めきれずに・・・再再訪と、いうことです
で、ついに発見しましたよ~


夕暮れ・・・エエ感じです

本殿

本殿は切妻造の建物の正面に入母屋造、 妻入の向拝を持つ建物で、その中に方一間の厨子がある
本殿は本殿覆屋、 厨子は本殿と呼ぶべきかもしれない
向拝廻りは装飾が豊富で虹梁絵様も波濤状の複雑な意匠であるだけではなく、向拝前方の柱と後方の柱筋の束を繋ぐ海老虹梁紅梁を入れ、併せて手挟も置くなど、創意が凝られている
当初部分は、 厨子と同じ18世紀前期と推定され明治期に側面や向拝を付加したものと推定される・・・丹波市の歴史的建造物Ⅰより引用

向拝


背面・・・
見つけました・・・「正次」の文字
七代目、中井権次橘正次ですね
いや~ うれしいですね




長床と本殿
長床
文政五年(1822)棟札
桁行正面六間、背面七間 梁間二間 入母屋造 桟瓦葺 背面軒下張出付き

大工は、地元の清水左近、清水武右衛門
すぐ側の熊野神社に記述のある名工なのです
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2021/10/998.html



石灯籠・・・寛政十二年(1800)と読める
刻銘より、七代目中井権次橘正次として、登録します

再再訪して、よかったです
これからも、不明として登録している社寺を再確認していきましょう








2021年10月5日火曜日

宝殿神社・・・兵庫県宍粟市波賀町上野272

中井権次一統の足跡を巡って、再び、宍粟市波賀町、宝殿神社へやってきました
前回は、2017年6月25日
https://a-shi-a-to.blogspot.com/2017/06/blog-post_76.html

その時の記事にねこまんまさんから、コメントを頂戴いたしました
そのコメントに、拝殿前の賽銭箱の下から望遠レンズで、木鼻、龍が撮影できましたと・・・

そのコメントを読めば、ウズウズ・・・
ということで、非常事態宣言も解除されたことだし、天気もよし!
では、中国道を、走っていきましょう・・・・と!


社頭

以前から4年が経過して、膝をいためています
この45段の急勾配を上がるのは、必死・・・
しかし、中井権次一統の足跡です
がんばりましょう・・・

拝殿に到着

今回は、Z7+DX50-250mmです
賽銭箱の左右に片膝ついて、低姿勢から、画像モニター+タッチセンサーにて、パチリいたしました
そして、フードを外してレンズ先がちょうど間仕切りの間に入いりましたので、パチリです
角度が難しかったですが、まずまず、中井権次一統の足跡をパチリできました


龍と、持送り

左、木鼻

右、木鼻

そして、スロープを登り、本殿、覆屋へ・・・

覆屋
覆屋の周囲は、アクリル板を透して、内の様子はかかろうじて見えるのですが・・・
なにせ、汚れで、右、南側はほとんど、判別できません

左、北側は、右よりマシで、なんとか判別できるので、ここで、SONY-RX100の出番です
アクリル板にレンズ先端を押しつけ、帽子で、光遮り、パチリです
後は、なんとか、判別できるように、現像いたしました

と、いうことで、無事、中井権次一統の足跡を撮影できました

ねこまんまさんから次なるコメントもいただいきました
狛犬ではなく、オオカミではないかと!
今回も撮影しましたが、私には、オオカミと断定できる知識はありませんが・・・
よ~く、みれば、「オオカミ」ですね






ご神木 大欅の株

拝殿前から望む、眼下、宍粟市市民局
奥の山々は、おそらく深山、大甲山、その奥は、日名倉山か?
よき、景色です

今回の撮影で、龍の顔を望むことができ、写真として残せました
そして、丹波新聞の記事にあります、脇障子裏に「丹栢城、正次」とある・・・
そうです・・・中井権次正次です
私が確認したわけではありませんが、七代目中井権次橘正次で登録いたします

ねこまんまさん、ありがとうございました













2020年9月1日火曜日

七代目中井権次橘正次の世界・・・「龍」

中井権次一統の足跡を巡ってきて、その足跡を備忘録として掲載してきました
そして、代々の権次別の彫刻の部位毎にまとめます
中井権次一統の足跡を巡って、中井権次橘正次の刻銘が確認できた社寺です

今回は、七代目中井権次橘正次 文政六年~明治十三年(1823~1883没)です


部位は、「龍」を並べてみました


朝来市 當勝神社

養父市 中尾神社

養父市 大久保神社

福知山市 宇徳神社

美方郡 大乗寺山門

美方郡 遍照寺

新温泉町 厳島神社

京丹後市 六神社

篠山市 熊按神社

篠山市 熊按神社


七代目中井権次橘正次の作と云われている十五社の内、刻銘を確認した社寺は十社です
その十社の「龍」を並べてみました
二種類のパターンがありそうに見えるのだが・・・・?





2020年3月6日金曜日

安田稲荷神社、兵庫県多可郡多可町中区中安田509-1

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 播磨、摂津 No1 多可郡多可町中区中安田509-1、安田稲荷神社です

社頭

広大な境内です
・・・このような広大は境内は、おそらく祭りが盛大なのでしょう・・・

安田稲荷神社について

由 緒
当初は、西安田の「イヤガ谷」(現在、大歳神社の西、城山と伝えられいる山の東側ふもと)にあったとされています
その後、歴応三(1340)十一月に西安田円満寺の東側、「長谷ヶ谷」(現「宮ヶ谷」)に遷座しました
現在も遺構が残る宮ヶ谷に二百七十年余り鎮座していた社殿は、元和三(1617)年十二月に焼失しましたが、同年十二月中安田の現在地に移して新しく建てられました
その後、享保四年(1719)に大修理が行われ、現在の社殿は文政十二年(1829)に再建されたとみられています
昭和21年(1946)、神道指令により、社格以下を廃し、宗教法人「稲荷神社」宗教法人となる

拝殿

拝殿、梁上の龍

背面には、刻銘「大工 宮崎康夫」とあります

拝殿、幣殿、本殿
・・・外部から見られないよう完全に保護されています

資料によると、本殿は、七代目中井権次正次の作とあり、さらに、幣殿には、八代目中井権次貞胤の弟子の和久定吉の龍もあると・・・

本殿、左面の木鼻

手挟み

本殿、右面の木鼻


       左脇障子

       右脇障子



境内の随神門・・・平成11年、改築されている
旧随神門は、現社殿よりも古く、正徳三年(1713)の建立で、享保の本殿修理とほぼ並行して建立されたといわれ、この地方で最も古い様式を伝える随神門といわれていたとあります


この時期の杉には、花粉が・・・色でわかりますね

ググってみました・・・
安田稲荷神社の広い境内で行われる秋祭りは、宵宮の夜に屋台が宮入りし、宮入りした屋台が境内に一泊するという他地域では見られない独特の風習があるとのこと
播州地方では、屋台が境内で一泊するのは当社だけらしい・・・
祭りは動画でも紹介されており、凄い祭りですね


鳥居前石灯籠・・・天保四年(1833)と刻まれている

中井権次一統の作のある向拝は拝見できませんが、木鼻、手挟みし、脇障子で我慢しましょう・・・残念です












2019年10月25日金曜日

天満宮、兵庫県丹波市山南町谷川 111

中井権次一統の足跡を巡っています 
中井権次一統作品集 No58 兵庫県丹波市山南町谷川111、天満宮です


参道を上りきったところの石灯籠・・・寛政十二年(1800)と刻まれている


       社頭




社殿

彫物師は、七代目 中井権次橘正次と 向拝柱に刻銘があるらしい
それが、見当たらないのです?・・・

鷹が小猿を狙っているのか?

木鼻



本殿
・・・主祭神 : 菅原道真命・・・

長床




追記:2021年10月 七代目中井権次橘正次の刻銘発見 登録しました